作品紹介
昼は物流会社の総務課で働き、夜はセラピストとして女性の部屋を訪ねる、五十四歳の男。二十代のほとんどをある閉鎖的な共同体に費やし、多くを失った彼が、誰かの身体に触れる仕事を通して、少しずつ自分の人生へ戻っていく物語です。
劇的な救済も、運命的な恋愛も出てきません。描かれるのは「今日は少し眠れそう」という一言や、帰り際の「気をつけて」といった、ごく小さなやり取りだけです。人が回復するのは案外その程度のことによってなのではないか——そんな視点で書かれた作品です。
全4章・約6,500字/公式サイト版
※本作は創作小説です。筆者個人の体験をそのまま記したものではなく、実在の人物・団体・出来事とは関係ありません。
閉鎖的な共同体を離れて二十数年。五十四歳になった男が、夜ごと誰かの身体に触れる仕事を通して、少しずつ自分の人生へ戻っていく。大きな救いではなく、小さなぬくもりによる回復を描いた小説です。
失ったまま生きる
あの共同体を離れてから四半世紀ほどが経った。今の私は、五十四歳の冴えないサラリーマンである。
朝七時二分の電車に乗り、都心の古びたオフィスビルに入った物流会社で総務課の係長をしている。係長といっても、実際には便利屋に近い。備品の発注、契約書の回付、社内申請の確認、クレームの一次対応、エアコンが壊れたと言われれば業者に電話をかけ、コピー機が詰まったと言われれば腰をかがめる。若い社員には「高橋さんっていつも落ち着いてますよね」と言われ、上司には「君は安定している」とだけ評価される。
安定している、というのは便利な言葉だ。情熱もないが問題も起こさない、という意味でもある。
私はその言葉を悪く思っていない。若い頃の私は、安定とはもっとも遠い場所にいたからだ。
二十代のころ、私はある閉鎖的なスピリチュアル共同体に深く関わっていた。宗教と自己啓発と救済思想が奇妙に混ざり合ったような場所で、俗世を離れること、自我を手放すこと、選ばれた人間になることが、ひどく美しいことのように語られていた。呼吸法だの瞑想だの浄化だの、耳ざわりのいい言葉はいくらでもあった。そこでは、現実にうまく適応できない人間ほど歓迎された。苦しんでいる人間ほど、「本当の世界」に近いとされた。
当時の私は、その言葉にすがった。信じた、というより、すがったのだと思う。
現実の私は、平凡で、不器用で、何者にもなれない若者だった。就職しても長続きせず、人とうまく関われず、自分の人生が薄くて無意味なものに思えた。そんなとき、「あなたは選ばれた感受性を持っている」「今の苦しみは魂が目覚める前兆だ」と言われれば、そちらへ傾くのは難しいことではなかった。
気づけば私は家族とも距離を置き、仕事も手放し、共同体の中で出家に近い生活をしていた。そこでは個人の悩みも痛みも、すべて「未熟さ」として処理された。考えるより従うこと。疑うより身を委ねること。自分を空っぽにすることが尊いとされる場所で、私は徐々に、自分の輪郭を失っていった。
離れたのは二十代の終わりだった。劇的な出来事があったわけではない。ただある日、信じることに疲れ果てたのだ。
共同体を出たとき、私は何も持っていなかった。金も、資格も、まともな職歴も、将来の見通しもなかった。何より、自分を信用できなかった。
あれほど簡単に、自分を明け渡してしまった。あれほど簡単に、他人の言葉を自分の真実だと思い込んだ。そんな人間が、その後まともに生きられるのだろうか。私は長いこと、その問いを胸の奥にしまったまま生きてきた。
今の会社に入ったのは、三十代の後半だった。知人の紹介でようやく潜り込ませてもらい、目立たぬように仕事を覚え、目立たぬように年を取った。家庭を持った時期もある。けれど、それを最後まで守りきることは、私にはできなかった。誰かと深く関わることが、どこか怖かった。自分の過去をどこまで話すべきか迷ううちに、気づけばまた、ひとりに戻っていた。
五十四歳の今、私は駅から十五分歩いた先にある古いアパートで一人暮らしをしている。ベランダは狭く、風呂場のタイルは冬になると底冷えがし、流しの下の扉は少し歪んでいる。冷蔵庫には豆腐と卵と麦茶と、半額の惣菜が入っている。増やすことより、減らすことのほうが上手な人生だと思う。
夜の仕事
ただ、そんな私にも、会社の誰も知らない別の顔がある。
週に二、三回、夜になると私はセラピストとして女性の部屋へ行く。
セラピスト、といっても大げさな資格や肩書きがあるわけではない。医療行為でもなく、心理療法でもない。オイルを使ったリラクゼーションを中心に、肩や背中をほぐし、呼吸を整え、時には少し話を聞く。紹介制に近い小さな仕事で、派手さはないが、一定の需要があった。
最初は副業のつもりだった。生活の足しになればいい、そのくらいだった。だが気づけば、その仕事は二十年以上、私の人生に寄り添い続けることになった。
続けるうちに私は、自分の手が誰かを楽にするために使えるのだと知った。そこには不思議な驚きがあった。若いころの私にとって、身体は鍛え、抑え、管理し、従わせるものだった。共同体の中では、自分の身体も他人の身体も、あまりに簡単に手段になっていた。だからこそなのか、その後の私は誰かに触れるとき、必要以上に慎重になった。
乱暴に触れたくなかった。相手の境界を無視したくなかった。もう二度と、自分の手で誰かを踏みにじる側に回りたくなかった。
それがたぶん、今の仕事には向いていたのだと思う。
最初の客は四十代の看護師だった。部屋に入るなり「今日ほんとに限界で」と言った。化粧は崩れ、髪はひとつに束ねられ、ソファに座った瞬間に深く息を吐いた。施術が始まると彼女の身体は驚くほど硬かった。肩甲骨のあたりが板のようで、首筋は石みたいにこわばっていた。私は急がず、習った通りに、吐く息に合わせて少しずつ手を沈めていった。
二十分ほどすると、彼女の呼吸が変わった。肩の高さがわずかに下がり、指先に温度が戻ってきた。
終わったあと、彼女はベッドの端に座ったまま言った。
「人にちゃんと触られるの、すごく久しぶりでした」
私はうまい返事ができず、「お疲れだったんですね」とだけ言った。すると彼女は少し笑い、「みんな疲れてるんですけどね。疲れてるって言うと負けたみたいだから」と言った。
その夜の帰り道、私は自分の胸の奥が少し静かになっていることに気づいた。助けられたのはどちらだったのだろうと思った。
それから、少しずつ客が増えた。
夫と家庭内別居のような状態だという主婦。仕事では強いが、一人になると眠れない管理職。更年期の不調で心まで不安定になっている人。離婚調停の最中で、食欲もなくなっている人。恋人はいるのに、なぜかずっと寂しいと言う女性。
彼女たちはみな、違う孤独を抱えていた。けれど共通していることもあった。
誰も大げさな救いを求めていなかった。ただ、少し呼吸が楽になること。今日を終えた身体を、乱暴に扱われないこと。話を途中で遮られないこと。ひと晩だけでも、気を張らずにいられること。
求めていたのは、その程度のことだった。そして、たぶん人が本当に必要としているものは、案外その程度なのかもしれなかった。
真理子さんは、四十代後半の外資系企業の管理職だった。月に一度、たいてい金曜の夜に私を呼んだ。港区の高層マンションに住み、いつも上質なワインを開けた。だが中身は意外なほど疲れていた。
「みんな、すぐ前向きなこと言うのよね」と彼女は言ったことがある。「大丈夫、あなたならできるって。でも、できないから苦しいのに」
私は黙っていた。慰めめいたことを言わないのが、逆に彼女にはよかったらしい。
「高橋さんって、無理に励まさないから楽」
「そのほうがいいですか」
「うん。大丈夫じゃないものを、大丈夫って言われるのが一番きつい」
その言葉を聞いたとき、私は少しだけ昔の自分を思い出した。共同体の中では、苦しみはすべて「成長の前兆」と言い換えられた。疑問は「執着」、不安は「浄化不足」、怒りは「未熟な自我」。どんな痛みも、そのまま認められることはなかった。だから私は今でも、軽々しく誰かに「大丈夫」と言えないのかもしれない。
真理子さんはある晩、私の手の甲にそっと触れて言った。
「高橋さんといると、少し人間に戻れる感じがする」
その言葉は、私の胸の奥深くに落ちた。昔の私は、人を役割でしか見ていなかった。だが今、誰かが人間に戻るための時間に少し関われるのだとしたら、それは私にとって小さくないことだった。
由梨と会ったのは、その年の秋だった。三十九歳、出版社勤務。部屋に入った瞬間から、少し違う人だと思った。施術のあと、多くの人は「気持ちよかった」「楽になりました」と言う。だが彼女は着替えながら、鏡越しに私を見て言った。
「高橋さんって、罪悪感が深い人ですよね」
私は思わず顔を上げた。
「そう見えますか」
「見えます。悪い意味じゃなくて」
由梨は髪をまとめ直しながら続けた。
「人に触るとき、必要以上に丁寧だから。失敗したくない人の触り方だなって」
その言葉に、私は返事ができなかった。図星だったからだ。
丁寧なのは、優しいからではない。壊したくないからだ。もう二度と、自分の手で誰かを傷つけたくないからだ。
由梨はそれ以上踏み込まず、その夜は普通に帰っていった。だが翌月、また予約が入った。その次の月も。そのうち彼女は、施術のあとで少し長く話していくようになった。
売れない作家のこと。書けなくなった編集者のこと。言葉にできないことが人を少しずつ壊していくということ。恋愛は嫌いじゃないのに、誰かと暮らすことが想像できないということ。
ある晩、ワインを飲みながら彼女は言った。
「高橋さん、自分の話しませんよね」
「仕事ですから」
「そうじゃなくて。しないというより、できない人に見える」
私は少し黙ったあとで、言った。
「若いころ、閉鎖的な共同体にいたんです」
由梨は驚かなかった。
「長く?」
「二十代のほとんどを」
「俗世を離れて生きる、みたいな?」
「そんな感じです」
「じゃあ、だいぶ失ったでしょう」
その言い方に、私はむしろ救われた。哀れみでも興味本位でもなく、ただ事実として言っている感じがしたからだ。
「はい」と私は答えた。「たぶん、かなり」
由梨はグラスを置いて、少しだけ考えてから言った。
「でも、それで今の触れ方になったなら、全部が無意味でもないのかもしれませんね」
私は笑うことも否定することもできなかった。失ったものを美化するつもりはなかった。だが、間違えた人間が、その間違いを通ってしか身につけられないものもあるのかもしれなかった。
残っているもの
冬に入る頃、会社では年度末に向けて慌ただしさが増していた。私は昼間、稟議書の確認をし、若手の愚痴を聞き、社内便を回し、目立たぬように働いた。夜になると鞄を持って街へ出た。
その年の終わり、真理子さんは海外転勤が決まり、日本を離れることになった。最後の依頼の日、彼女は封筒を渡してきた。チップかと思ったが、中に入っていたのは一枚のカードだった。
――あなたに会う前、私はずっと、強くなければ価値がないと思っていました。でも、弱ったまま誰かと同じ部屋にいられることにも意味があると知りました。ありがとう。
私は読み終えてもすぐには顔を上げられなかった。真理子さんは笑って言った。
「高橋さんって、自分が何も残してないって顔する時あるから」
「そんな顔、してますか」
「してる。すごく」
彼女はワインを一口飲んで続けた。
「でも、残ってるよ。ちゃんと」
残っている。その言葉を、私はずっと誰かに言われたかったのかもしれない。
私の人生には、履歴書に書ける立派な実績はない。出世もしていないし、築いた家庭も守れなかった。世間一般の尺度で見れば、冴えない中年男だろう。それは否定しない。けれど、だからといって私が完全な空白かといえば、そうでもないのかもしれなかった。
短い時間でも、誰かが少し呼吸を取り戻す場になったことがある。泣けなかった人が泣く夜に居合わせたことがある。「またお願いしたい」と言われたことがある。帰り際に「今日は少し眠れそう」と言ってもらえたことがある。
それは大きな功績ではない。だが、小さな無意味でもなかった。
年が明けてしばらくしたある晩、由梨が珍しく昼間に会いたいと言ってきた。神楽坂の小さな喫茶店だった。彼女は白いシャツを着て、少しだけ顔色がよかった。
「仕事、少し休むことにした」と彼女は言った。
「そうですか」
「壊れる前にやめる、っていうのを一回やってみようと思って」
私はうなずいた。
「いいことだと思います」
由梨は笑って、ストローを指でいじりながら言った。
「高橋さん見てるとね、人って急に立派にならなくてもいいんだなって思うんですよ」
それはあまり褒め言葉には聞こえなかったが、私は少し笑った。
「立派ではないですね」
「うん。でも、誤魔化しながらでも生きていけるし、少しずつまともになれるのかなって」
私は窓の外を見た。昼の街は夜より明るく、容赦がない。けれどその明るさの中で、彼女の言葉は妙にやわらかく響いた。
「私はまだ、まともかどうかわかりません」と私は言った。
「私も」と由梨は言った。「でも前より、自分を嫌いじゃない」
その言葉を聞いたとき、私はなぜか泣きそうになった。
人は突然救われたりしない。劇的に変わったりもしない。壊れた人生が、ある日きれいに元に戻ることはない。
ただ、ひと晩ごとに少しずつ、ひとりの相手ごとに少しずつ、傷口の縁が乾いていくことはあるのだと思う。完全には塞がらなくても、血が止まり、前ほど触れても痛くない日が来る。
私にとってその回復は、恋愛ではなかった。誰か一人に強く愛されることでもなかった。もっと小さくて、もっと現実的なものだった。
ひと晩の信頼。「また来てください」という一言。眠る前の深い吐息。帰り際の「気をつけて」。自分の前で安心して目を閉じてもらえること。そして、帰り際に小さく「今日は少し眠れそうです」と言われること。
そういう小さな愛情の破片を、私は少しずつ受け取っていた。客とセラピスト。一線のある関係。それでも確かに、そのやり取りの中には、人が人を回復させる成分が含まれていた。
若いころ、私は大きすぎる救いを求めて、自分を失った。今はもう、そんなものはいらないと思っている。
必要なのは、もう少し小さいものだ。
あたたかいタオル。静かな手。夜の終わりに残るぬくもり。誰かの呼吸に合わせている時間。そして、自分もまた、そこにいていいと思える感覚。
人生に戻っていく
春先の朝、通勤電車の窓に自分の顔が映っていた。疲れた中年男だった。目尻にはしわがあり、髪には白いものが混じっている。相変わらず冴えない。けれど、以前より少しだけ、顔つきがやわらかく見えた。
私は若いころの自分を思い出した。救われたい、選ばれたい、清められたいと願っていた男を。あいつは間違えた。そして多くを失った。その事実は消えないし、なかったことにもならない。
けれど、もし今の私があの頃の自分に何か言えるとしたら、たぶんこう言うだろう。
大きな救いなんて、たぶんない。あるのは、小さな夜だけだ。誰かの部屋で灯るやわらかな明かりや、深く息を吐く音や、今日を終えた身体に触れる静かな手や、また会いたいと言われること。そういうものが、人を少しずつ生かす。
その程度のことで、人は回復する。いや、その程度のことだからこそ、回復できる。
私の人生は、この先もたぶん地味なままだろう。会社では相変わらず目立たず、出世もしない。履歴書の空白は埋まらないし、失った時間も戻らない。
それでも、もう自分を完全な失敗作だとは思わない。
傷は消えない。だが、傷を持ったまま、人は少しずつやわらかくなれる。誰かに触れ、誰かに触れ返されることで、凍っていた部分が少しずつ戻ってくることがある。
私は今夜も仕事を終えたら、ネクタイを外し、静かな鞄を持って、誰かの部屋へ向かうだろう。ドアが開き、疲れた顔の女性が「こんばんは」と言う。私は頭を下げて、穏やかな声で答える。
「こんばんは。今日はよろしくお願いします」
そんなありふれた夜の積み重ねのなかで、私は少しずつ、自分の人生に戻っていく。
あわせて読む
Ladies Room について
2000年から続く、女性専用・完全予約制のセクシャルヒーリングサービスです。18歳以上の女性を対象に、アロマトリートメントと女性向け性感トリートメントをご提供しています。
- ・コース内容と料金
- ・セラピストのプロフィール
- ・よくあるご質問/ご予約方法
- ・北陸(石川・富山・福井)の方は 金沢サイト をご覧ください
















