作品紹介
昼は会社員として働き、夜はセラピストとして女性の部屋を訪ねる男。二十九歳でこの仕事を始め、二十年以上の夜を重ねた彼が、自分は何をしてきたのかを問い直す物語です。
劇的な救済も、運命的な恋愛も出てきません。描かれるのは「あなたに救われたわけじゃないの」「私はただ、自分で戻ってこられる場所がほしかっただけ」といった、女性たちが残した短い言葉だけです。癒していたのは自分のほうではなかったか。そこへたどり着く作品です。
全8章・約5,300字/公式サイト版
※本作は創作小説です。筆者個人の体験をそのまま記したものではなく、実在の人物・団体・出来事とは関係ありません。
二十九歳の春に始めた仕事は、いつのまにか人生そのものになっていた。女を癒す男ではなく、女に癒されていた男の手記です。
二十九歳の春、私はこの仕事を始めた。
二十九歳という年齢は、何かを始めるには若すぎず、諦めるには早すぎる、ひどく中途半端な年だと思う。
大学を出て、いくつか仕事を渡り歩き、恋愛らしいことも少しは経験し、社会というものの輪郭だけはわかったつもりになっていた。
だが、自分が何者かは、まだまるでわかっていなかった。
今なら言える。
あの頃の私は、自分の人生に参加していなかった。
昼は会社員だった。
どこにでもある営業職で、愛想笑いと見積書と数字の帳尻合わせに追われていた。会議では喋るが、本当のことは何ひとつ言わなかった。
夜になれば安い酒を飲み、適当な相手と電話をし、時には恋人のようなことをして、それでも何も残らなかった。
その頃、私はある女性に言われたことがある。
「あなたって、優しいんじゃなくて、境界線を踏み越えないだけよね」
二十五歳年上の、離婚したばかりの人だった。
当時の私は、その言葉の意味がよくわからなかった。
だが今ならわかる。
私は優しかったわけじゃない。
怖かったのだ。
人の中に入っていくことが。
自分が誰かを壊すことが。
あるいは、誰かに踏み込まれて、自分の中身の空洞を見つけられることが。
はじまり
性的ヒーリング、という言葉を最初に口にしたのは私ではない。
最初の客になった女性だった。
彼女は三十代半ばで、既婚者だった。
美人というより、生活に疲れた顔をしていた。
待ち合わせの喫茶店で会ったとき、彼女はコーヒーにひと口も口をつけず、テーブルの端に両手を重ねていた。
「私、別に刺激がほしいわけじゃないんです」
彼女はそう言った。
「うまく言えないんだけど……自分の体が、ずっと留守みたいで」
その言葉に、私はなぜか強く反応した。
自分の体が留守。
その感覚は、わかる気がした。
彼女は自分の体のことを、何年もただの器官の集合として扱ってきたのだろう。
妻として、母として、社会人として。
だが、誰にも触れられたことがないわけじゃないのに、ほんとうの意味で自分の中へ戻ってきた感覚がない。
そういう話だった。
私はその夜、ひどく緊張していた。
何をすればいいのか、どこまでしていいのか、正直よくわかっていなかった。
ただ、急がないことだけは決めていた。
相手の沈黙を埋めないこと。
相手の身体より先に、自分の都合を進めないこと。
説明しすぎないこと。
上手く見せようとしないこと。
彼女は帰り際、玄関で言った。
「不思議。なんだか、ちゃんとここにいた気がする」
その「ここ」が部屋のことではなく、自分自身のことだと私はわかった。
あの夜が、始まりだった。
多くの夜を経て見えてきたもの
二十九歳から五十を過ぎるまで、私は多くの女性に会ってきた。
数にすれば、千人を超えていたのかもしれない。
けれど、途中から人数を数えることには意味がないと思うようになった。数字にしてしまうと、その夜ごとの重さが、かえって遠のく気がしたからだ。
はじめの頃は、一人ひとりの顔も声も、出来事として覚えていた。
けれど年月が過ぎるにつれ、記憶は少しずつ“温度”になり、“間”になった。
いつしか私は、名前より先に、ドアを開けた瞬間の気配を覚えるようになっていた。
今日は泣くかもしれない。
笑うことで、崩れないようにしているのかもしれない。
怒りを欲望に見せかけているのかもしれない。
欲望を罪悪感で包んでいるのかもしれない。
あるいは、ただ眠りたいだけなのかもしれない。
女たちはみな違っていた。
けれど、驚くほど似ているところもあった。
誰も、本当に「快楽だけ」を求めていなかった。
もちろん官能はあった。
体がほぐれ、呼吸が変わり、忘れていた感覚が戻ることはある。
だが、それだけならもっと手早い方法はいくらでもある。
それでも彼女たちが私を呼んだのは、たぶん別のもののためだった。
雑に扱われない時間。
待たされない返事。
途中で評価されない会話。
「いい女」でも「かわいい妻」でも「物わかりのいい母」でもない、名前のない自分に戻る時間。
そして時々、恋人のような錯覚。
錯覚、と私は書く。
けれど、人は錯覚に救われることがある。
一晩だけ、自分が丁寧に扱われる世界があると思えること。
それが偽物だったとしても、明日の朝を生き延びる助けになることがある。
彼女たちの言葉
三十代の頃、私はよく、感想のメールをもらった。
今みたいに短いメッセージではなく、夜中に長文が届いた。
そこには大抵、二種類のことが書いてあった。
ひとつは、恥じらい。
もうひとつは、感謝。
「自分でも驚くほど素直になれた」とか、
「こんなふうに人を信じたのは久しぶり」とか、
「帰ってからも体があたたかい」とか、
「ただ触れられた以上のことが起きた気がする」とか。
最初のうちは、私はそれをそのまま信じていた。
自分が何か特別なことをしているような気がした。
女性を癒し、導き、解放している。
そんな言葉を口には出さなかったが、心のどこかでは酔っていた。
四十代に入って、その思い上がりは少しずつ剥がれた。
ある女性がいた。
四十代前半、地方都市の公務員で、月に一度だけ新幹線で来た。
二年近く続いたが、最後の夜、彼女は私に言った。
「あなたに救われたわけじゃないの」
私は少し驚いた。
責められているのではないと、声でわかった。
「じゃあ、何だったんでしょう」
彼女は笑った。
笑いながら、グラスの水を回した。
「救われるって、大げさすぎるでしょ。私はただ、自分で戻ってこられる場所がほしかっただけ」
私はその言葉を長いあいだ忘れられなかった。
戻ってこられる場所。
私がしていたのは、それだけだったのかもしれない。
誰かを変えるのではなく、誰かが自分に戻るための間を、一晩ぶん作ること。
それなら、少しわかる気がした。
大それた仕事ではない。
でも、役に立たないわけでもない。
女たちの孤独
私は多くの女を見た。
二十代の、恋愛を信じたいのに身体が先に怯えてしまう女。
三十代の、仕事では有能なのに抱きしめられると泣いてしまう女。
四十代の、結婚生活の中で欲望を失ったと思い込んでいた女。
五十代の、自分はもう女ではないと決めつけていたのに、指先の震えに驚く女。
六十代の、誰にも言わずに長く秘密を抱えてきた女。
若い女は若いなりの孤独を持っていた。
年を重ねた女には、年を重ねたぶんだけ言えないことがあった。
私がよく覚えているのは、派手な出来事ではない。
むしろ、どうでもよさそうな細部だ。
初対面のとき、緊張しすぎて化粧ポーチを落とした女。
玄関に入るなり「今日、ぜんぜん女としての自信がないの」と宣言した女。
施術の途中で急に仕事の愚痴を語りだし、最後には笑って帰った女。
帰り際に「あなた、最初ちょっと冷たそうに見えた」と言って笑った女。
翌朝、「久しぶりにぐっすり眠れた」とだけ送ってきた女。
人は、自分が傷ついていることを、真正面からは言わない。
多くの場合、冗談にする。
怒ってみせる。
過剰に明るくする。
あるいは逆に、何も言わなくなる。
身体はその嘘をつけない。
肩の固さ、息の浅さ、足先の冷え、触れたときのびくつき。
私は二十年を越えるうちに、言葉より先にそういうものを読むようになった。
それは才能だったのかもしれないし、ただ自分自身が壊れやすい人間だったからかもしれない。
傷のある人間は、別の傷の形を見つけるのが早い。
女に癒されていたのは私だった
ある年、私はひとりの女に恋をした。
こう書くと、ようやく告白めいたものが始まると思うかもしれない。
だが、その恋は何も始めなかった。
彼女は三十代の編集者で、物を書く人たちの近くで働いていた。
会えば本の話をした。
売れなかった作家の話。
自意識が強すぎて潰れた人の話。
言葉にできない感情が、どこで腐るかという話。
彼女は私の手を見て言ったことがある。
「あなたって、自信があるからゆっくりなんじゃないんだね」
私は笑ってごまかしたが、彼女は続けた。
「たぶん逆。壊したくないから、ゆっくりなんでしょ」
その通りだった。
私は長年、誰かに触れるたびに、自分の中の乱暴さを警戒していた。
男であることそのものの乱暴さ。
欲望が持つ勝手さ。
慣れが人を雑にする瞬間。
客が増え、経験が増え、相手が百人を越えても、そこだけは麻痺したくなかった。
麻痺したら終わりだと思っていた。
仕事になった瞬間に、同時に仕事ではなくなるものがある。
その女は、ある夜、私にこう言った。
「あなた、女を癒してるんじゃなくて、女に癒されてるんじゃない?」
私は否定できなかった。
そうだと思う。
私は多くの女性に何かを与えたかもしれない。
けれど、それ以上に受け取ってきた。
信頼されること。
安心した顔を見せてもらうこと。
泣き顔を隠されないこと。
恥じらいと欲望が同時にある場所に立ち会うこと。
「また会いたい」と言われること。
「今日は自分を嫌いじゃない」と聞かされること。
それらは全部、私を少しずつ変えた。
私は若い頃、自分が空っぽだと思っていた。
人を愛せるほど深くもなく、誰かに必要とされるほど立派でもない。
だが女たちは、そんな私の輪郭を、少しずつ手でなぞるように作っていった。
あなたは怖くない。
あなたは急がない。
あなたは雑じゃない。
あなたは見ている。
あなたは黙っていられる。
そういう言葉を、私は長い年月かけて受け取った。
それは評価というより、証言に近かった。
私は女性たちの感想の中で、自分がどんな男なのかを知っていった。
誰かが恋人みたいだと言った。
誰かが信じられると言った。
誰かが、心も体も開く感じがすると書いた。
誰かが、帰宅してからも温かさが残ると言った。
誰かが、久しぶりに“女に戻れた”と言った。
そのたびに私は、ほんとうは私のほうが戻されているのだと思った。
男としてでも、セラピストとしてでもなく、ひとりの人間として。
静かに残るもの
五十を過ぎた頃から、私は少しずつ仕事の仕方を変えた。
若い頃は、自分の存在感を印象づけようとしていた。
忘れられない夜にしようとしていた。
だが今は違う。
忘れられなくていい。
ただ、その人の中に静かに残ればいい。
香りや、手のぬくもりや、
言いそびれた言葉を言わなくてよかったという安堵や、
朝になって少しだけ肌の色が違って見えることや、
眠りにつく前に、自分の体を嫌わずに済む数分。
その程度のことでいい。
その程度のことが、案外いちばん長く残る。
多くの女たちに会って、私はひとつだけ確信したことがある。
女は弱くない。
だが、回復に触媒が要ることがある。
そしてその触媒は、派手な言葉でも、強い快楽でも、完璧な技術でもないことが多い。
待つこと。
急がないこと。
羞恥を笑わないこと。
欲望を裁かないこと。
相手の沈黙に耐えること。
終わったあとに、何も奪わないこと。
そういう地味なことの積み重ねが、人を開く。
告白
告白すると、私は今でもときどき、自分が何をしてきた男なのか、わからなくなる。
セラピストだったのか。
恋人の代用品だったのか。
欲望の受け皿だったのか。
孤独な女たちの避難所だったのか。
それとも、自分自身の空白を埋めるために、二十年以上女たちのぬくもりを借りてきただけなのか。
たぶん、その全部だろう。
きれいごとではない。
商売でもあった。
欲もあった。
見栄もあった。
勘違いも、間違いも、依存もあった。
それでもなお、嘘ではなかったと思う夜がある。
ドアの前で、帰り際に深く息を吐く女。
鏡を見て、「なんか今日の私、ちょっといい」と笑う女。
メッセージに、長い説明もなく「ありがとう」とだけ送ってくる女。
数年後、ふいにまた現れて、「あの時のこと、ずっと忘れなかった」と言う女。
そういう瞬間だけで、私はこの仕事を二十年続けてきたのかもしれない。
もう若くはない。
私の手にも年齢が出た。
昔より回復に時間がかかるし、徹夜はこたえる。
会える人数も減った。
けれど、そのぶんわかることも増えた。
女たちは、私に官能の秘密を教えたのではない。
回復の速度を教えた。
人は一晩では変わらない。
だが、一晩で少しだけ戻ることはある。
完全に癒えなくても、ひび割れた心に一度ぬくもりが入ると、その形を体が覚える。
次はもう少し早く戻れる。
その次は、誰かの手を借りなくても、自分で自分を雑にしない方法を覚える。
私はたぶん、その最初の一晩をいくつも見届けてきたのだ。
末尾
二十九歳の春に始まった仕事は、気づけば私の人生そのものになっていた。
昼間は相変わらず、社会の中で平凡な顔をして働く。
だが夜になると、私は長い手記の続きを生きる。
出会ってきた女性たちが、私の中に小さな一文を残していった。
それは賞賛でも告白でもなく、もっと実用的な何かだ。
信じられる。
安心した。
眠れた。
また会いたい。
少し戻れた。
私、まだ大丈夫だった。
その言葉の断片を集めると、ようやくひとつの物語になる。
私は女たちを癒してきた男ではない。
女たちの回復に立ち会ううち、
自分自身も少しずつ人間に戻ってきた男なのだ。
夜が更けたあと、
部屋にひとり残るのは、
いつも相手だけではない。
帰っていく私の手のひらにも、
名もないぬくもりが、
まだ少し残っている。
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