作品紹介
オペラを一緒に観に行き、詩を書いて送ってくれた女性がいました。彼女は自分を、摘んでほしいと願う花にたとえていました。けれど私は、その手を取らなかった。
優しさだと思っていたものが、ほんとうは臆病さだったと気づくまでに長い時間がかかりました。何年も経って、彼女が自費で詩集を出したことを風の便りに聞く。選ばなかった側の人間が、選ばなかったことをどう抱えて生きるのかを書いた作品です。
約4,000字/公式サイト版
※本作は創作小説です。筆者個人の体験をそのまま記したものではなく、実在の人物・団体・出来事とは関係ありません。
摘まなかった花の香りだけが、手のひらに残っている。選ばなかった恋についての、短い物語です。
千代と出会ったのは、私がまだこの仕事を副業のように続けていた頃だった。
最初は、ただの客だった。既婚の主婦で、二人の息子の母。四年半付き合って結婚した相手との生活に、静かに疲れきっている女だった。夫は仕事がうまくいかない時期で、家では不機嫌な日が多いのだと、彼女は早いうちに話した。子どもがいなかったら逃げ出したいくらいだ、と笑いながら言って、笑いながら言うことでかろうじて言葉にできる種類の疲れだった。
彼女はよく運転をした。私を伊豆へ連れていったとき、山越えの道を、はじめから全部自分で運転するつもりだったと言った。任せてください、と。その口調には、誰かの世話をすることに慣れきった人間の、少し痛々しいような気安さがあった。長いあいだ、家族のために身体を使ってきた人なのだと、私はハンドルを握る横顔を見ながら思った。
伊豆の宿で、彼女は温泉に一緒に入れたら嬉しいと言った。貸切の露天風呂なんて嫌だよね、と自分から引っ込めながら、それでも言わずにはいられない様子で。彼女はいつもそうだった。欲しいものを口にする前に、相手の都合を先に心配する。会いたいくせに、こちらの負担ばかりを気にする。抱きしめてほしいくせに、抱きしめてとは言わない。
旅行から戻った翌日、千代はその夜のことを長い言葉にした。
身体はもう普段の生活に戻っているのに、頭のほうがまだ現実に戻っていない、自分の身体と魂が別々の場所にあるような感覚がずっと続いている、と彼女は書いていた。チェックアウトの時間が近づくと涙をこらえられなかったこと。最後に抱きしめた温もりが、いまはただ愛しいこと。何度も何度も、時間よ止まれと願っていたこと。
家族に嘘をついてまで、遊びという建前で他の男と旅行に行く自分を、いけないことをしているとわかっている、あなただって本当はそんな女は嫌いだろう、と彼女は書いた。それでも――と続けた。あなたに会うことで、あなたを想うことで、今は自分を保っていける、と。
その一文を、私は長く覚えている。
彼女が私に求めていたのは、快楽ではなかった。少なくとも、それだけではなかった。彼女は、自分を保つための場所を探していたのだ。家庭のなかで少しずつ削れていく輪郭を、月に一度、誰かの前で確かめ直すための時間を。
千代は詩を書く人だった。
出会って間もない頃、彼女は一編の詩を送ってきた。
HANAどんな季節でも
あなたを囲む
たくさんの花たち
雪解けを待てず
甘い香りを放ち
夏の強い陽射し浴びて
大輪を咲かせ
秋風にゆらゆらと
花を実らせ
白い世界の中
色鮮やかに
どんな季節でも
あなたを包み
すべてが
咲き競う
あなたに摘んでほしくて
あなたにキスしてほしくて
だけど
綺麗に咲けなくても
あなたが
穏やかに眠れる香り
あなたの
心を癒すやさしい色
あなたの心に
小さくても永遠に咲き続ける花
いつの季節でも
あなたの
そんな可憐な花になりたくて……
末尾に、こう添えてあった。ブログに公開するより、あなたに、と。
彼女のブログには九十以上の詩があるのだと、あとで聞いた。下書きのまま公開していないものも含めれば、もっと。その多くが、たぶん私に宛てて書かれていた。私は詩の良し悪しを語れるような人間ではない。ただ、あれだけの言葉を、渡すあてのほとんどない相手に向けて書き続けるという行為の重さだけは、わかるつもりだった。
人は、報われるから書くのではない。書かずにいられないから書く。千代にとって、詩は想いの容れ物だった。面と向かっては恥ずかしくて言えないことを、彼女は詩のかたちにして、そっと私の手のひらに置いた。
私たちは、よく一緒にオペラを観た。
彼女は音楽に詳しかった。トゥーランドット、メトロポリタン歌劇場のライブビューイング、サラ・ブライトマン。カッチーニのアヴェ・マリアが心に沁みて涙がこぼれそうだった、と彼女はコンサートのたびに書いてきた。チケットはいつも彼女が取った。コースの前後に食事をし、演奏を聴き、それから宿へ向かう。彼女はそういう時間を、恋人ステイ、と呼んだ。ベッドの上だけでなく、他の時間も恋人気分を味わいたい、それはいけないことなのかな、と彼女は書いた。
いけないことではなかったと思う。ただ、私はそれに完全には応えられなかった。
彼女は、私が遠い、とよく書いた。身体は深く繋がっているのに、あなたはいつも遠くにいる、私が求めすぎているのだろうか、期待しすぎているのだろうか、と。その問いに、私はうまく答えられなかった。答えれば、彼女に希望を持たせることになる。答えなければ、彼女を寂しくさせる。私はいつも、その中間の、いちばん曖昧な場所に立っていた。
いま思えば、それは優しさではなかった。臆病さだった。
その冬、私の目に異変が起きた。飛蚊症から始まって、やがて網膜剥離になり、手術をすることになった。千代は自分のことのように心配した。職場の人が同じ症状で網膜剥離になったこと、早く医者に行ったほうがいいこと、無理をしないこと。入院する前日には、詩を贈ってくれた。
天佑神助この世のすべての光
優しく
温かく
あなたにチカラを
すべてうまくいくように……
この世のすべての音色
静かに
穏やかに
あなたを包んで
すべてうまくいくように……
この世のすべての愛
強く
大きく
あなたを守って
何もかもうまくいくように……
祈りのような詩だった。手術の成功を願って、と彼女は書いていた。
同じ頃、私の人生は大きく動いていた。私は、結婚することになった。私はそのことを、しばらく千代に言えなかった。ただ、彼女を傷つけるのが怖かった。
けれど彼女は、私が口を開くより先に、すでに気づいていた。私の言葉のわずかな変化や、距離の取り方から、少しずつ察していたのだと思う。
私はようやく、自分の言葉で結婚を告げた。彼女は、こう返してきた。ご結婚おめでとうございます、と。
そのあとに、長い言葉が続いた。あなたが結婚しようと、愛する人がいようと、私の想いは変わらない、最初から報われない愛だとわかっていたから、このせつなさが私の生きている証しだ、と。家庭を壊す気はない、今まで通りお仕事として接してくれればいい、それだけで報われなくても生きていける、と。
私は、その言葉の前で、しばらく動けなかった。
彼女は、私を諦めることで、私を手放さずにいようとしていた。恋人になれないなら客のままでいい、想いが叶わないなら叶わないまま持っていたい、と。それは執着のようでいて、執着とは少し違うものだった。千代は、自分の想いの落ち着け先を、自分で探し当てようとしていたのだと思う。
やがて彼女の言葉は、少しずつ変わっていった。
私の新しい生活のことを、彼女は経験者として細やかに気遣ってくれるようになった。まるで、少し年上の姉のように。あるいは、母のように。
いつだったか、彼女はこう書いた。今は、ひとりの男性を愛する気持ちと、母のような愛情と、その両方が存在している感じです、と。
私はその一文を読んだとき、彼女がひとつの場所へ着地したのを感じた。恋の激しさを、彼女は自分で、もっと静かな何かへと変えていった。誰にも助けられずに、たったひとりで。
私たちのやり取りは、その年の夏を最後に、途切れた。
最後の頃、千代はまたオペラのチケットを取ってしまった、と自嘲していた。無理だとわかっているのに、ひとりで行くしかないのに、と。ただあなたに便りを書いてみたくなっただけだから気にしないで、と結んでいた。
千代は詩のなかで、自分を可憐な花にたとえていた。摘んでほしくて、キスしてほしくて、と。綺麗に咲けなくてもいい、あなたが穏やかに眠れる香りになりたいのだ、と。だが私は、その花を摘まなかった。摘む資格が、自分にはないと思っていた。曖昧なまま近くに置き、彼女の香りだけを受け取って、根のところには触れなかった。
いま思えば、それはやはり誠実さではなかった。
千代は、私に多くのものをくれた。詩を、音楽を、心配を、旅を。そして、報われない想いを抱えたまま人が生きていけるのだということを、その生き方そのもので教えてくれた。彼女は最後まで、私に何も要求しなかった。ただ、想わせてほしい、とだけ願った。
花を摘まなかったことを、私は後悔しているのだろうか。わからない。摘んでいれば、彼女の家庭を壊したかもしれない。摘まなかったから、彼女はひとりで想いを畳むことになった。どちらが正しかったのか、いまでも答えは出ない。
何年も経ってから、風の便りに聞いた。彼女が、自分の詩を一冊の本にまとめ、自費で出版したのだという。あれだけの数の詩が、装丁され、頁を綴じられ、一冊の重さになった。私に宛てて書かれたはずの言葉たちが、私の手には渡らないかたちで、この世界に残った。
その本を、私は手にしていない。彼女は送ってこなかったし、私も求めなかった。それでよかったのだと思う。詩は、渡されることで完結するものではないのかもしれない。書いた人のなかで、あるいは一冊の本のなかで、静かに咲き続けているだけで、じゅうぶんだったのだ。
摘まれなかった花は、誰かの庭で枯れるのではなく、自分の根で立ち、自分の季節をまっとうした。そう考えると、あの詩集は、彼女が最後に自分自身へ贈った花束だったのかもしれない。
私はときどき、オペラのアリアを聴くと、彼女を思い出す。
ひとりで客席に座り、カッチーニのアヴェ・マリアに涙をこぼしている、あの人の横顔を。私はもう、その隣にはいない。だが、彼女があの夜たしかに癒されたという事実だけは、消えずに残っている。
通り雨のように過ぎていった女たちのなかで、千代は、雨あがりの匂いのような人だった。派手ではない。強くもない。ただ、去ったあとの空気を、長く変えていく。
花を摘まなかった私の手のひらには、いまも、その香りだけが残っている。
Ladies Room について
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